米を食い過ぎて吐いたことはあるか

以前太ろうとして白米を一日6杯食ったら体調を崩した。さすがに今はそんな無茶はしない。ウエイトゲイナーを流し込み併せてトレーニングを行うことで、傾きは穏やかではあるものの着実に体重を増やすことに成功している。とは言うものの、当初規定量の2.5倍のプロテインを飲み続けたら3日で腹を下し、4日目には変な便が出た。何事も規定量を守る、そして継続することが肝要だ。

体重が増えるに従って頬の凹みが消えたのは新たな発見だし、腕立てだったり重いものを持ち上げたときの安定感が増してきた。体重に関して、当面の目標としてキリのいい60kgを目指したい*1。今後筋トレだったり食事だったり、一般人の体重をキープできるような習慣が身につけば良いのだが、一度手を抜けば以前の体重に戻ってしまう気がする。来年か再来年の夏頃にはTシャツ一枚で格好が付く体格を目指して、復職してからも、そして何かと忙しい年末年始も、継続的に努力を続けていきたい。

*1:これは目標の第一段階なので、無理せず敢えて60kgとした

軽井沢に別荘を買った

軽井沢に別荘を買った(親が)。先日唐突に「別荘を買ったので遊びに来てください」と親からメッセージが入った。あまり連絡を取り合っていなかったが事が事なので驚き電話したところ、「いい物件があったので軽井沢に別荘を買った」「物件は2階建てのログハウスで、庭では焚き火ができて、産直が近くにある」「近く窯を買って陶芸*1に勤しむ」とのこと。全く分からぬまま取り敢えず現場へ向かった。

車を飛ばして数時間、現場近くの待ち合わせ場所で集合し、別荘地の中にある一軒家に到着した。どう見ても普通のログハウスだった。荷物を置いたあと、釣り竿を持たされて近くの池へ向かい、とりあえず魚を釣った(まだ糸は結べた)。家に戻ったタイミングで火起こしを命ぜられたので取り敢えず火を起こし*2、そこで釣ってきた魚や買ってきた肉、産直で買った野菜を焼いた。確かに野菜は美味かったし、魚も肉も美味かった。帰り際には鍵と野菜を貰った。車が野菜でいっぱいになった。

そんな訳で軽井沢に別荘が手に入った。電波は全く届かないが、デジタルデトックスできる場所として活用したいし、軽井沢は好きな街だったので嬉しい。

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*1:電動ろくろは20年前に買っていた

*2:ゆるキャン△のお陰で無事火が点いた

みなさまへの大切なお知らせ

おかげで本ブログ「社宅生活」がちょっとだけ検索でヒットしやすくなりました。今では「社宅生活」でGoogle検索していただけると、なんと1ページ目に出てくるんです。一年前に始めた頃はGoogleの下のところ、Goooooooogleくらいまでクリックしても出てこなかったのに。理由はわかりませんが、なんとなく嬉しいですね。試しに検索してみてみませんか?

結婚式4

普段乗らないプラットフォームから発車する電車に揺られること小一時間、およそ15年前に生徒ホールで出会った高校同期と久しぶりに再開した。母校のイメージに違わず、彼らは誰もが知るような立派な会社で働いていた(スゲ〜)。卒業してから10年経ち、改めてあの学校に思いを馳せることになった。結婚式は滞りなく行われ、二次会などは開催されることなく皆がスマートに帰宅した。最寄駅の終バスは思いの外早く、仕方なく駅から歩いて帰ったが、シャワーを浴びて引き出物を一つ一つ開封する度に新郎のやや緊張した姿を思い出して幸せに浸っていた。事前準備が大変だとは言え、理論上は出席者全てから祝われれる結婚式というイベントは、新郎新婦にとって生涯の良き思い出になる。その瞬間に立ち会えることはきっと幸せなことなんだろう。

秋刀魚の季節

ここしばらくはmiというテキストエディタを使って文章を書いている。最初は原稿用紙を模した縦書きの書式を使っていたが、どうも縦書きで書いたものをブログで(横書きで)表示するのは違和感があった。それに縦書きで書いた文を横書きに変換するタイミングで、より横書きに適した表現があるような気がしてその都度修正を入れてしまい、結局二度手間になるのが嫌だった。だから今回は最初から横書きで文を書いている。調子が良ければ今後もこの書き方を続けるつもりだ。

今日も雨が降っている。窓を開けると涼しい風が吹き込んできて気持ちがいい。同時に雨の匂いとかすかな水滴も一緒に飛んでくる。雨の匂いは土や植物の匂いなのかもしれない。普段は土だったり植物の表面は乾燥している。けれどひとたび雨が降れば封じ込められていた土や植物本来の匂いが地表に漂ってくる。そういう理由なのかもしれん。

台風が近づいているためか今日は朝から降るか降らないかギリギリの空模様だった。なので朝からどこへも行かずに静かに過ごしていた。秋ってのはこんな天気だったかしら、と昨年もその前も経験したはずの季節をすっかり忘れている。大阪に住んでいた頃、一度とんでもない台風に見舞われたことがあった。あれも秋だっけ。

秋といえば食欲の秋だ。つまりは秋刀魚の美味しい季節だ。秋刀魚はグリルでパリっと焼くのが美味しい。しかし社会人になってからグリルのある家に住んだことがなく、したがってパリッと焼けた秋刀魚は長らく食べていない。それに魚は後片付けが非常に面倒くさい。ワンコインで買える使い捨て七輪でもあれば簡単に秋の味覚が楽しめるのに。まあ見つけても買うかは分からないけど。人は秋刀魚を食べれば元気になる、そういう生き物だ。

結婚式3

吹奏楽部時代の友人が近く結婚する。結婚式に参加するのはこれで二度目だ。いや、披露宴のみの参加も含めれば三回目になる。最初に披露宴のみ参加したのは二年前の冬で、二回目は昨年の冬だった。僕の持っている礼服はごく普通のブラックスーツ、何の遊びもない。冠婚葬祭全てに着ていけるので便利だが、結婚式に参加するには少し地味かもしれない。でも派手なのを一着しか持っていないよりはいいだろう。

今日の夕方に重い腰を上げ、ようやく結婚式に着ていくためのワイシャツとスーツをクローゼットから取り出し、約一年ぶりに袖を通してみる。ここしばらくの筋トレの効果か、若干ジャケットがキツくなった気がする。気がする程度で問題なく着られてよかったし、破れ・ほつれもなくひと安心。

なんとなく眉をひそめながら鏡の前に立つ。やっぱりネクタイを締めるとシュッとすんねんな、と思った。僕は銀色のネクタイなんて持っていないので、明るい配色のものを取り出しては放り投げ、比較的マシなのを鏡の前で合わせては他所へやって、結局まだ決まっていない。当日の天気とか見て決めたい。

念の為にスーツから靴まで、必要と思われるものに一通り目は通した。問題は持ち物だ。今この気候で移動中にジャケット羽織るのは暑いかなとか、どんな鞄で行こうかなだとか、そもそも男は手ぶらで行くべきなのか、そのへんが正直よくわかっていない。式場は他県だがそう遠くなく、車で行くよと伝えればよかったと少しだけ後悔している。ただとりあえず準備はできた。ご祝儀袋にはちゃんと名前を書いた。鞄についてはまた明日考える。頑張れ明日の自分。

ライダースハウスで聞いた話

前職ではどこに泊まっても一律で宿泊費と食費が「出張手当」として支給されていた。レンズに狂っていた僕は家計への負担を減らすべく、各地のゲストハウスや安宿を大いに活用しながら移動せざるを得なかったが、気づけば各地の宿を目的に出張を組んでいたし、言ってしまえば少し怪しい宿に泊まることが(個人的な)出張の目的にもなっていた。
今では考えられないことだが毎週少なくとも一日は外泊し、多い時には三泊四日で地方を巡業していた。基本的に出張では新幹線や飛行機を使うことが多く、簡単な打ち合わせで終わるような出張以外では僕はスーツケースを選んでいた。以前出先でスーツケースが壊れ、慌てて買った十泊くらいできそうなのを今でも使っている。そんな彼も普段は蓋を全開にされてベッドの下で眠っており、さらに引越してきてからはただの一度も日の目を見ていない。とにかく僕にはこの黒くて巨大なスーツケースを連れて、日本各地のゲストハウスを転々としていた時期があった。
どのゲストハウスでも(一人ベッドに腰掛けてスマホを弄る人を除いて)宿泊者はなんとなく談話室に集い、思い思いの場所に腰掛けながら年長者だったり歴戦の旅人の話に耳を傾けることが多い。場所や国籍によらず、どのゲストハウスでも似たような光景が見られるのは興味深い。きっと一人でゲストハウスに泊まるような人種はそういうことを好むのだろう。もっとも階段の踊り場も同じように談話室的な機能を有しており、煙草を吸いながら旅の目的や人生の意味など、ここでは談話室よりも個人的な、そして深いようで浅い話が好まれる傾向にある。
前置きが長くなったが、数年前にいわゆるライダーハウスに泊まったときに聞いた話を書き残しておきたい。先日荷物を整理しているときに発見した当時の手帳を読み返し、記憶の片隅へ追いやられていた記憶が蘇った。細かい点は不確かかもしれないが、話の大筋は間違っていないはずだ。以降が彼の語ってくれた物語になる。
 
当時彼が住んでいた家から最寄りのバス停までは歩いて一〇分くらいで、バス停から家までのちょうど中間地点にその電話ボックスは建っていた(彼曰くどこにでもあるような普通の電話ボックスだそう)。仕事で遅くなったある日、その電話ボックスの中の受話器が外れていることに気づいた。彼は気に留めることなく家に帰り、翌日普段通りに出勤した。彼はそれから何回か「受話器が外れている公衆電話」を発見し、深く考えずに受話器をもとの位置に掛け直していた。
しかしある日、彼が普段どおりに受話器をフックに戻したところ、一〇円玉が何枚か釣銭口に落ちる音がした。つまり彼が受話器をフックに掛けるその瞬間まで、その電話は誰かへ通じていたことを意味する。想定外の事態に彼は驚いたが、その日もいつも通りに過し翌朝も普段通りに出社した。
以前は気にならなかったその電話ボックスが、いつのまにか彼の中で気がかりな存在へと変化し始めた。目にする直前まで忘れていても、気づけば目線は電話ボックスへと向かい、残念ながら多くの場合受話器は外れた状態で彼の帰りを待っていた。あるときから彼は少し遠回りをして帰るようになり、また彼自身の仕事の負荷が増えたため、いつしか電話ボックスの存在は頭から消えていった(彼は建築資材の営業マンだったらしい)。
ある日彼は出張かなにかの影響で、普段より数時間早く最寄りのバス停に到着した。その日は早く帰れるという高揚感から、彼は例の電話ボックスの秘密を探ってみようという気になった。家までの最短ルートを歩き、すぐに目的の電話ボックスが見えてきた。幸か不幸か受話器はフックから外れており、彼はフックに戻す前にふと思いつき、自分の耳に受話器を当ててみた。
受話器からは何も聞こえてこない。話しかけても返事はなく、数十秒も経たないうちに電話は切れた。ただの悪戯だろうと判断し彼は受話器をフックに戻した。何かがか釣銭口に落ちる音がしたので確かめてみると、予想した通り、数枚の一〇円玉が入っていた。深く考えずに彼はその釣銭をポケットへ入れ、普段通りに風呂に入り、飯を食った。
二〇時を回った頃、珍しいことに彼の自宅の電話が鳴り出した。彼はやや躊躇しながら受話器を耳に当てた。客先〜上司経由のクレームかと身構えたが、幸いにして上司からの怒号が飛んでくることはなく、受話器からは誰の声も聞こえなかった。安堵しすぐに切ろうとしたが、何かが気になり彼は受話器を伏せたまま電話ボックスへ向かった。数分走ったところにあるその電話ボックスの受話器は予想通りフックから外れ、まるでつい先程まで誰かが使っていたかのように受話器はわずかに揺れていた。
衝動的に受話器をフックへ戻すと、ちゃりんちゃりんと小銭が落ちる音がした。彼は一目散に家へ向かい、掛かってきた電話が通じているか切れているかを確認せずに、一気に電話線を引っこ抜いた。そのあと彼はすぐにその家を引き払い、別の路線の家へ引越したのだという。

あの時は怖くていろいろと調べる余裕がなかったが、今ならもっといろいろと確認したかったと彼は言った。果たして帰り道に電話ボックスから出てきた釣銭はどこへ行ったのか、実際にあの電話ボックスから自宅に電話は通じていたのか、今となっては確認する手立てはない。この出来事がショックだったのか、彼は引越してから自宅に回線は引かず、携帯電話の番号で通しているのだという。携帯なら誰からかかってくるかすぐ分かるし、知らない番号であれば出なければいい。
そう笑う彼を見て、僕は自宅に固定回線なんて絶対に引くまいと心に誓った。これは大阪から来た四〇歳くらいの男性から聞いた話で、酒に酔った彼が本当のことを言っていたのか、それともただ僕を怖がらせようとしていたのかは確かめようがない。
しかしこういう話は一度聞いたらなかなか忘れられないし、今後しばらくは電話ボックスを見るたびにこの話を思い出すだろう。オカルトチックな話ってじわじわ効いてくるから嫌いだ。どうか語られていないだけで幸せなオチが存在しますように。